移動と考え事

今年は驚くほど移動していない。海外に行けない、国内移動も制限となれば当然ではある。意外だったのが移動しない事で何かを考える時間が明かに減った事。代わりに増えた事は読書ではなくネットの落ちゲーの時間でこれについては些か後ろめたい。

考え事と言っても大した事ではなく、雑多な過去の記憶の掘り起こしだったり、漠然とした何年後かへの妄想だったりで白昼夢と大差はない。

1000km移動する場合でも10000km移動する場合でもとりあえずkindleに未読の本を突っ込んで活字には困らないように準備はしていく。しかし大方の時間は景色を眺めているか、景色が見えないのであれば眠っているか、寝足りているなら目を閉じて取り留めもなく何かを考えているか、ということが多い。

この取り止めもなく何かを考えている状態、というのが自宅で自己隔離している状態では案外と生じない。5/5にアップしたように自分に疲れてぼーっと過ごすのではない、もう一つの空白の時間が顕著に減っている。

目を閉じて考えるなら、自宅にいようが飛行機のエコノミーに座っていようが大した差があるわけでもないし、むしろ自宅の方が捗りそうなものだけれども、不思議なことに自宅ではどんどん淀みに嵌って抜け出せない感覚になり息が詰まってくる。鮫かマグロか、と自分でも不思議に思うが、移動している、と分かる雑多な感覚が必要な要素になっているらしい。

散歩の場合はどうしても景色を見てしまい、考え事が一方向のみに増えるように働いてしまうのが微妙なライン。

朝に乗って夜に到着する長い長いバス路線にうんざりしながら、この暇人め、と我と我が身を罵りながら移動していた日が懐かしい。

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