夏思い出すこと

そろそろ米寿という祖母が10年ほど前に語ったことばがある。

若い時にはお国のために死んでくれ、今は医療費がないから死んでくれ、ですってよ。

この年代の人らしく、穏やかな諦観のこもった口調だった。そしてつい最近、こう語った。

もうテレビは見ないわ。コロナのことばっかりで年寄りは早く死ねって言わんばかりでうんざりだから。でも昼間暑くて出歩けない分、テレビを消すと暇でね。昔の手紙を読んでみたりしているのよ。

身体が痛む箇所があるものの、基本的に一人で自立した生活を送っている人にとって暇は苦痛だろう。本を何かの足しになれば、と送った。文学作品を読む気にはなれなくってねぇ、と笑うので同年代の工芸家の自伝的なものにしたところ前から興味があった人だったようで何よりだった。

この人が戦争について語ることはあまりなく、むしろ戦後の混乱期について語ることが多かったと記憶しているが、ほぼ唯一繰り返し聞かされたことがある。

女学生(師範学校)の時はね、授業料払って軍需工場で働いていたのよ。何一つ勉強させてもらえなかったわ。貴方は機会をもらったのだから貰えた分、勉強なさい。書き取りのお勉強が途中でね、正しい文章の書き方を最後まで習えなかったのが悔しいのよ。

彼女のいう書き取りは、明治の文豪の擬古文だったり、“正しい“候文を書くことだったり、漢籍の白文は言わずもがな、江戸期の草書の文章を読むことを指すようで、現在の国語とは意味合いがどうやら違う。文章を書くことについてはかなり厳格な規範、歴史的背景の知識、漢字や仮名の取捨選択眼といったものが必要だったようで、これらについて学べなかったことから正確な文章が書けていない、と考えている節がある。私からしたら私よりもよほど折目正しい日本語なのに、と慄くしかないのだが、大学まで行った人だから当世風で正しいのでしょう、と許容されていてさらに小さくなるしかない。(私は小さくなるが、両親はおそらく世代的に平易な日本語に拘っていた時期があり反論していた記憶があるのが興味深い。両親も歳をとった今、どう考えているか聞いてみたい気がする)

彼女の基準できちんと文章を綴れる人、など現代の日本にはもはやほぼ存在していないであろうからあまり気にせずとも、と思うのだが、そんなものは外野の無責任な呼びかけに過ぎない。

教育を受ける年齢が戦時にかかった人の人生に戦争が及ぼす影響と、それを苦にしても誰にも言えなかった時代背景を考えるとどこかしらが痛む思いがする。教育の機会平等は大切なことであり、学生が学生でいられ、平和で食べられる時代であること。それが卒業こそしたものの、やり残したことがたくさんあった学生時代を送った彼女たちの年齢の若者が当時願い、自分たちの子供を大学に行かせた原動力の一部だったのだろうと思う。

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